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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)246号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 木村勝蔵

被控訴人(附帯控訴人) 合資会社木村国一郎商店

主文

本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とし、附帯控訴費用は附帯控訴人の負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人)(以下一審被告という。)訴訟代理人は、「原判決中一審被告敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。本件附帯控訴を棄却する。」との判決を求め、被控訴人(附帯控訴人)(以下一審原告という。)代表者は「本件控訴を棄却する。原判決中一審原告敗訴の部分を取り消す。一審被告は一審原告に対し金五万円を支払うべし。訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、一審原告代表者において、

一審原告会社の設立当時の社員中原判決に「木村泰也」とあるのを(記録第三百五十四丁表二行目)「木村静子」と改める。有限責任社員木村静子は、昭和十年十一月十五日無限責任社員全員の同意を得てその持分の全部を木村泰也に譲渡して退社し、木村泰也は同日持分二千五百円の有限責任社員として一審原告会社に入社した。

一審原告会社の目的は、砂糖、小麦粉、飴、雑穀、罐詰、荒物、海産物、和洋紙、畳表類及びこれに附帯する商品の販売である。

一審被告が代表取締役となつた訴外木村商事株式会社の販売する商品は、一審原告会社の販売する商品と同種類及び類似のものである。

一審被告は、長男繁夫と共謀して昭和二十二年十月以来、一審原告会社所有の倉庫一棟建坪二十五坪を不法に占有し、一審原告より明渡を求めるや、暴力を揮つてこれを拒む始末であつた。

本件除名宣告請求の事由は、一審被告が競業禁止の規定に違反したこと、業務を執行し且つ会社を代表するに当り不正の行為をなしたこと及びその他重要な義務を尽さなかつたことである。

なお、一審原告会社社員のうち有限責任社員木村泰也は、昭和八年二月五日生で本件決議の当時は未成年者であつたから両親木村国一郎及び静子の親権に服していたけれども、親権者の一人静子は木村国一郎と離婚後で音信もなく、事実上親権を行うことができなかつたから、親権者の他の一人である父木村国一郎だけで泰也を代理して本件決議につき議決権を行使した。

と述べ、

一審被告訴訟代理人において、

一審原告会社の設立、目的、組織並びに社員の変更に関する一審原告主張事実及び昭和二十三年二月十六日一審原告会社の社員総会で、その主張のような理由で一審被告以外の社員の過半数により、一審被告の除名宣告を裁判所に請求する旨の決議がなされたことはこれを認める。

(一)  本件決議はその手続が違法である。すなわち社員の除名のような重要な議案については、招集と会議との間に相当の期間を存し、且つ予め議案を通知する等慎重な手続を経なければならないことは、信義則及び会議法則上当然であるにかかわらず、本件社員総会は開催の約二、三十分前に議案も示さず招集して開会したものであるから、招集の手続に違法がある。

(二)  本件決議はその方法が違法である。すなわち

(1)  本件社員総会には、有限責任社員木村泰也は出席しなかつたにかかわらず、これを出席したものとして採決に加えている。もつとも同人は昭和八年二月五日生の当時未成年者であつて、その父木村国一郎が親権者としてこれを代理し議決権を行使しているけれども、同人にはなお実母静子があるから、親権の行使は父母共同してこれをなすべきであつて、父国一郎だけで泰也の議決権を代理行使することはできない。

(2)  仮にそうでないとしても、社員除名宣告請求の議決をする行為は、民法第八百二十四条但書にいう子の行為を目的とする債務を生ずべき行為に該当するから子の同意を得ることを要するにかかわらず、本件の場合は本人の同意を得ていない。

(3)  本件議決をする行為は、民法第八百二十六条第一項にいう親権者とその子と利益が相反する行為に該当するから、泰也のため特別代理人の選任を受けた上でこれをしなければならない。本件決議はその手続を経ていないから不適法である。

(4)  本件除名宣告の請求には、社員のうち木村とりは反対したので、木村国一郎と同人が親権者として代理する木村泰也との賛成により、形式上二対一の過半数で決議が成立したように見えるが、実質的には木村国一郎一名だけで決議をしたに異ならず、過半数の決議があつたとはいえない。かような決議は商法の立法精神に反するものでその効力がない。

(三)  本件決議は、一審被告に除名事由がないのにかかわらずこれがあるものとしてしたものであるから、本件請求は失当である。すなわち一審原告会社は、設立当初の目的はその主張のとおりであつたけれども、経済統制実施の結果その営業品目のほとんどが統制の対象となり、戦時中は僅に統制外の荒物類だけを販売して開店休業の状況であつた。その間木村国一郎は徴用次いで召集され、復員後は魚類のかつぎ屋をして生計を維持し、会社の業務には全然ふれるいとまもなかつたのである。戦前戦後を通じこのような状況で一審原告会社は形式的には存在したが、有名無実であつたから競業ということは考えられない。木村商事株式会社はマツチ、乳製品の配給を主とし、食糧雑貨の販売並びにこれに附帯する一切の事業を営むことを目的とし、一審原告会社とは営業の目的を異にするばかりでなく、実際上も双方協議の上、一審原告会社は主として小売業を、木村商事株式会社は卸売業を営むこととしたもので、両者の間には競争ないし顧客横奪等の不正行為は全然ない。

(四)  仮に以上の抗弁が、いずれも理由がないとしても、一審被告と一審原告代表者木村国一郎一家との多年の関係から考えるときは、木村国一郎が一審被告の行為を非難して社員除名請求の事由とするのは、子としての義に反し人倫にもとり日本古来の淳風美俗に反し道義に背く権利の濫用にほかならないから、本件請求は失当であると述べたほかは、いずれも原判決事実摘示の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

〈証拠省略〉

理由

一審原告会社が、昭和八年九月一日無限責任社員木村国一郎、同木村勝蔵(一審被告)、有限責任社員木村とり、同木村静子の四名によつて、その主張のような営業を目的として設立せられた合資会社であり、その後有限責任社員木村静子は退社し代つて有限責任社員木村泰也が入社したこと、及び一審原告会社が、昭和二十三年二月十六日その主張のような理由で一審被告以外の社員の過半数により、一審被告の除名宣告を裁判所に請求する旨の決議をしたことは、当事者間に争がない。

もつとも一審原告の社員中、木村泰也は昭和八年二月五日生で当時未成年者であつたこと、同人には実父木村国一郎及び実母静子があつたにもかかわらず、右決議に際しては木村国一郎だけが親権者としてその議決権を代理行使したことは、当事者間に争なく、当審における一審原告会社代表者尋問の結果(第二回)によれば、静子は昭和十六年十二月十三日木村国一郎と協議離婚をしたことが明らかであるけれども、昭和二十二年法律第七十四号(日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律)の施行により、同法第六条の規定の適用上昭和二十二年五月三日からは、木村泰也は父母国一郎及び静子の共同の親権に服することとなり、昭和二十二年法律第二百二十二号(民法の一部を改正する法律)附則第十四条の規定により、改正民法施行後も引き続き右父母の共同親権の下にあつたものである。しかしながら右当審における一審原告代表者本人の供述によれば、本件決議当時は離婚後数年を経過し、木村国一郎と静子との間に音信なく、静子において親権を行うことは事実上不可能の状態であつたことが認められるから、親権者の他の一方である木村国一郎だけで泰也の議決権の代理行使をしたことは、民法第八百十八条第三項但書の趣旨に照して適法というべきである。

一審被告は、右決議は招集と決議との間に相当の期間を存ぜず且つ予め議案の通知がなかつたから違法であると主張するけれぞも、合資会社の社員の決議については株式会社における商法第二百三十二条のような規定はなく、右は合資会社とその社員との関係が株式会社とその株主との関係と異なることに由来する当然の差異であつて、合資会社の社員の議決については、所論のように招集と会議との間に期間を存することや、予め議案の通知をすることは必要でなく、本件決議についても、現実に一審被告以外の社員の全員が会議に参加し決議をした以上、その招集手続については違法は存しない。

次に一審被告は、社員除名宣告請求の決議をする行為は民法第八百二十四条但書にいう子の行為を目的とする債務を生ずべき行為に該当するから、子の同意を得なければならないと主張するけれども、同条にいう子の行為を目的とする債務を生ずべき行為とは、子自身が行為をなすべき債務を生ずるような行為をいうのであつて、本件のように親権者の代理によつて完結し後に子の債務を残さないものを含まないことは、同条の解釈上明らかであるから、右抗弁は採るに足りない。

一審被告は更に、本件決議をする行為は民法第八百二十六条第一項にいう親権者と子と利益が相反する行為であるから、特別代理人によつてしなければならないと抗弁するけれども、本件決議は、親権者又は子以外の他の社員の除名に係るものであるから、それ自体としては当然には親権者と子との利害相反する行為には当らず、特に右行為が親権者と子と利害相反することになる特別の事情あることは一審被告の主張しないところであるから、右抗弁もまた採用できない。

一審被告は更に、本件決議は実質上は木村国一郎一名によるものであるから、社員の過半数の決議とはならないと主張するけれども、前示のように右決議は木村国一郎と同人の代理する木村泰也とが議決権を行使しているのであつて、法定代理人による議決権の行使は適法であるから、たまたまその法定代理人が自らも社員として固有の議決権を有するときでも、両者の議決権を一個として計算すべきではなく、本件決議が一審被告を除く他の社員の過半数の決議によつて成立したことを否定することはできない。

以上説明したとおり本件除名宣告請求の決議には、その手続、方法等につき一審被告主張のような違法はないから、進んで一審被告に商法第百四十七条、第八十六条所定の除名を相当とすべき事由があるか否かについて判断する。

一審原告会社の目的及び本店所在地がその主張のとおりであることは当事者間に争がない。しかして成立に争のない甲第一、第二号証、第十一号証、乙第四号証、当審における一審原告会社代表者の尋問の結果(第一回)により真正に成立したものと認める甲第九号証の一から四まで、原審証人細井子之助、木村とり、当審証人木村なみ、木村繁夫の各証言及び原審並びに当審(第一回)における一審原告会社代表者本人尋問の結果を総合すれば、次のような事実が認められる。すなわち、一審原告会社は肩書地で泉屋商店という名称をも併用して多年砂糖、マツチ、乳製品等の販売を行つて来て、昭和二十二年当時及びその後もその営業を続けていたところ、一審被告は、その代表社員の一人であるにかかわらず長男繁夫その他の子等と相談の上、昭和二十二年十月二十五日一審原告会社の本店と相接する隣地を本店として、マツチ乳製品の配給を主とし食糧雑貨の販売並びにこれに附帯する一切の事業を目的とする木村商事株式会社といういわゆる同族会社を設立し、自らその代表取締役となり、右株式会社のため一審原告会社の販売する商品と同一種類の商品である乳製品、砂糖、罐詰等の販売をはじめ、営業品目がほぼ共通であるため自然両会社競争の形となり、一審被告より取引先に対して「多年泉屋として御引立を載き居り候処業務拡張の都合上表記の通り会社組織に改め云々敬白主人木村勝蔵、罐詰の登録はぜひ木村へ」等と記載した木村商事株式会社名義の葉書を送つて取引を勧誘する等の行為があり統制品の登録店の争奪をめぐつて一審原告代表者と一審被告との間に深夜激しい論争をしたこともあり、一審被告は現在も事実上木村商事株式会社のためその業務に属する取引に従事しているものである。成立に争のない乙第三、第四号証には、一審原告会社と木村商事株式会社とは取扱品目を異にし、且つ一は小売専門他は卸売専門で競業の関係にはない旨の供述記載があり、又当審証人木村繁夫の証言もこれに副うところがあるけれども、右は前顕他の証拠に照して信用し難く、その他以上の認定に反する乙第三、第四号証の記載及び当審証人木村繁夫の証言は措信しない。

以上のような一審被告の行為は、明らかに商法第百四十七条、第七十四条第一項にいう自己又は第三者のために会社の営業の部類に属する取引をなしたことに当ると同時に、同種の営業を目的とする他の会社の取締役となつたことになり、これらの行為について他の社員、少くとも木村国一郎及び木村泰也の承諾があつたことは、この点に関する当裁判所の措信しない当審証人木村繁夫の証言のほかこれを認むべき証拠がないから、右は同法第百四十七条、第八十六条第一項第二号の除名事由に該当する。右各行為のうち一部は本件除名決議後のものであるけれども、裁判所は除名宣告請求の当否を口頭弁論終結までに生じたすべての事実に基ずいて判断するものであり、又前出甲第十一号証によれば、一審被告は本件決議の前日木村商事株式会社の取締役を辞任したことが認められるけれども、取締役を辞任したことは既になされた商法第七十四条第一項違反の事実を抹殺するものではないから、これらの事情はいずれも前示判断を左右することにはならない。既に一審被告に以上のような商法第百四十七条、第八十六条第一項第二号に該当する事由がある以上、同項の他の各号に該当する事由の有無を論ずるまでもなく、一審被告除名宣言を求める一審原告の請求は正当であるといわなければならない。

一審被告は、木村国一郎の先代の死後非運に在つた木村家に入り、幼少の国一郎を扶けて多年辛苦の末家運を挽回し、一審原告会社を設立して今日在るに至らしめた一審被告を、単なる感情に基ずいて除名しようとする本件請求は、正当でなく権利の濫用であると抗弁する。前顕各証拠によれば、木村国一郎の養育とその一家の家運の振興についての一審被告の過去における尽力はこれを認めることができるけれども、その後一審被告に前記認定したような競業義務違反の事実がある以上、一審被告従来の尽力を援いてその責を免かれしめることは難く、本訴請求が単なる感情のみに基いてなされたこと、その他これを以て権利の濫用であると断定すべき事情は、一審被告の全立証によつてもこれを認めることはできないから、一審被告の右抗弁は採用することができない。

次に一審原告は、一審被告が一審原告所有の物件を持ち去つてその使用をさせなかつたこと及び一審被告の不正行為又は重要義務違背のため金五万円の損害を被つたと主張して、その賠償として金五万円の支払を求めるけれども、かような損害を生じたことを認めるに足る証拠がないから、右請求は理由がない。

よつて一審原告の本件除名宣告の請求を認容し損害金を請求を棄却した原判決は正当で、本件控訴及び附帯控訴はいずれも理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条第一項にのつとりいずれもこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき同法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤直一 坂本謁夫 小沢文雄)

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